静かな水面から生えるがごとき煉瓦の塔。
75年の歳月に耐え、人知れず街に恩恵を与え続けてきた風格が漂う。
桜は、儚いからこそ美しい。
絢爛豪華に咲く花に、
里も山もうたかたの夢に酔う。
そして酔いが覚めたら一気に散って、
緑の葉を力一杯広げ、夏の太陽の力を蓄える。
冬になったら枯れ木のごとき眠りにつき、
また来年の宴に備える。
桜の一年は、一週間の宴のためにあるのだろうか。
古木にゆっくり、問いかけてみたい。
行き交う人々の視線は、どこまで行っても絡み合わない。
何故なら、それがここで生きていく掟だから。
人が多すぎる都会では、人は街の景色でしかない。
それが良いのか悪いのか、今の自分には判断できない。
この大仏には、人々の思いが詰まっている。
毎日毎日、大仏に届けられる人々の願いがここに沈殿し、やがて凝縮する。
仏像の神々しさの源は、凝縮された人々の思いがオーラとなって発散されているからなのかも知れない。
強い思いは実現する。思わなければ実現しない。
祈りとはすなわち、思いの確認なのだろう。
よっこらしょっ。
今日も暑いね〜。
真っ直ぐに天高く伸びる摩天楼。
見上げる自分が小さく思える。でも、まだまだ、君には負けない。
いつの日か、君を上から見下ろしてみせよう。
空に向かって伸びる秋桜を透かして曇り空を下から見上げていたら、無性に白黒で撮りたくなった。
まだ秋は始まったばかりだけれど、確実に季節は移ろっている。今年も残すところあと三ヶ月。
秋空に、これからも無事に過ごせることを祈る。
時には真摯に祈りを捧げるのもいい。
神様は、きっと心の迷いや恐れを吹っ切ってくれる。祈った後は、人事を尽くして天命を待つのみ。
幸せになろうな。みんな。
暖かい南国の海の中には、色とりどりの熱帯魚が当たり前のように目の前を泳いでいる。
手を伸ばせば届きそうな距離にいる魚を写真に撮る。簡単そうだが、なかなか難しい。
水の中は、基本的に光量が足りないことが多い。
足場も不安定だから、ただでさえ手振れする。
ゴーグル経由でファインダーを見るから、構図は半ば勘だ。
ISO800のフィルムを使い、ピーカンの日にできるだけ浅い場所で撮ったら、成功率がっけこう高かった。
これは、そう言う一枚。











yocchiさん、コメントありがとうござ... read more
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